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東京高等裁判所 昭和26年(う)2144号 判決

控訴人 被告人 石井幸夫

弁護人 三輪寿壮 外二名

検察官 田中良人関与

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金壱万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金弐百円を壱日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

本裁判確定の日から五年間選挙権及び被選挙権を有しない旨の公職選挙法第二百五十二条第一項の規定はこれを適用しない。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は末尾添附別紙(弁護人三輪寿壮、同豊田求、同加藤真共同作成名義の公職選挙法違反控訴趣意書と題する書面)記載のとおりであるが、これに対し当裁判所は左のとおり判断をする。

第一点について。

然し乍ら、原判示事実は原判決挙示の証拠により優にこれを認めることができ、記録を精査するも、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認はない。所論において、被告人の所為は原判示文書が既に選挙対策委員会の管理乃至支配に移つた後の所為であるから法律上「頒布」の所為に該当しない旨主張し、その趣旨とするところは既に該文書を管理又は支配している者に対し同一の文書を交付するということは観念上あり得ないと言うにあるもののようであるが、前示証拠によるときは、被告人の原判示各文書の交付以前既に少くとも原判示各交付を受けた者において該文書を管理支配乃至占有していた事実はこれを認むるに由なく、被告人は日本農民組合北蒲原郡連合会唯一人の書記であつて、昭和二十五年六月四日施行予定の参議員選挙に際し、社会党から立候補した徳沢俊英及び小林孝平の選挙事務所において、その責任は伊井委員長ではあつたが、その実際の選挙対策事務の主たる担当者として右両候補者のため選挙運動に従事中被告人自ら入手した原判示文書を不特定多数の農民組合員に配布させる目的で自ら現実に原判示の者にそれぞれ一括交付したものであることが明らかである。従つてその所為が公職選挙法第二百四十三条第三号に該当する文書図画頒布の罪の単独正犯であることも亦自から明白である。而して、不特定多数の人に交付する目的で一括して交付した以上仮令単に一人に対して交付したにすぎないにしても、その結果その不特定多数の人に現実に交付された事実があるか何うかは、右文書図画頒布の罪の成立に何等の影響を及ぼすべき限りではない。これを要するに所論は独自の見解に立ち事実審である原審の専ら有する経験則に基づく事実認定権を非難するに帰し採用するに由がない。論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する)。

(裁判長判事 小中公毅 判事 細谷啓次郎 判事 河原徳治)

控訴趣意

第一点原判決には事実の誤認があり、判決に影響を及ぼすことが明らかである。

被告人はじめ原審の各証人は検察官及び司法警察員作成の各供述調書において、ほとんど異口同音に「被告人が名刺又はパンフレツトを証人等に交付した」趣旨の供述をしている。しかし被告人及び各証人は公判廷において「床の間の上に積んでおいたものを各証人が持つて行つた」趣旨とほゞ同様の供述(記録証人渡辺につき四一丁、同岩村につき四八丁、同大久保につき五五丁、同樺沢につき六〇丁、同菅原につき一〇二丁等)をしているのであつて、むしろこれらの供述こそ事案の真相をそのまゝ物語つているものと解すべきで、特に証人大久保金松は公判廷において「真実は石井さんから貰つたのではありませんが、みんなの人が石井さんから貰つたことにしようという事でその様に述べたものです」(記録五七丁)と述べて警察署及び検察庁における各証人の供述の虚偽であつたことを暴露している。そしてこのような後の供述の方が真実であることを裏付ける根拠は次のとおりである。

(一) 被告人は司法警察員作成の第二回供述調書において「郡連」(註、北蒲原郡連合会)としては、選挙対策を樹立したのは五月六日でありました。「郡連」の事務所で執行委員会を開き、参議院議員選挙には「県連」(註新潟県連合会)の方針通り、清沢、小林の二人を推せんする事にしたのであります。その時「選挙対策委員」を設けることにし、各市町村支部から一名宛委員を選任し、支部のない町村は日農に何か関係した人を委員に願ふ事にしました。「選挙対策委員」は私が今覚えているのは……………であります。」と述べているように、被告人が書記として勤務する「郡連」では本件以前既に「選挙対策委員」が設けられたのであつて、選挙に関する対策はじめこれに関する措置はこれらの委員から構成される「選挙対策委員会」によつて執られることになつたのは、明瞭な事実である。

したがつて、被告人が原判決判示の「名刺」や「印刷物」を農民組合の下部組織に流すに当つて、選挙対策委員ないし委員会に「裁量」を求めることは書記として当然であり、又そうした事実を認めるのがむしろ事理に合致する。だからこそ被告人は次に述べるような微妙な供述さえ為しているのである。

(二) 被告人は公判廷において 問「印刷物や名刺について対策委員会に計らなかつたか」(裁判官)答「別に対策委員会には計りませんが、委員の方に話をしたが今は記憶がありません。」(記録一六二丁)と述べている。そしてこの供述は決して文字どおりに読むことは許されない。というのは被告人は検察庁の捜査段階においては一応罪を全部引受けてはみたものの、いざ公判の段階に来て見ると、心の動揺を押え得べくもない。しかしそれかといつて選挙対策委員に対し、全面的に災を及ぼすことも避けねばならぬ。このようなヂレンマから生れたのが前記の供述である。それ故「別に対策委員会には計りません」というのは委員会に対する配慮と慎重さによつて控制された供述であり、他方「委員の方に話した」というのは、被告人のエゴから発せられた自己防衛本能の言葉であり、むしろ事実の核心に接近した供述である。しかし被告人はこゝまで供述を接近させながら、亦々委員会に対する配慮の下に「が今は記憶ありません」と述べて、周辺に遠ざかつてゆくのである。

そこでこのような考察の後を受けて改めて判示の事実について言及することとする。

第一先ず判示の「名刺」や「印刷物」は一応組合の書記である被告人の手に移つては来た。しかし前記第一に述べたところから明らかなように、「日農」の組織を考慮すると、これらの文書は上部組織である「県連」から下部組織の「郡連」へ、そして………今日「郡連」において「対策委員会」の設立を見た以上………特にその委員会の管理ないし支配下に移つていると見るのが妥当である。こゝにおいて被告人はこれら文書の到着とその処分、方策を委員(註、証人等はほゞこれに包含される)に「報告」し或は「相談」してその「裁量」を仰ぐことは理の当然である。そこで証人阿部正策が公判廷に於て「それでは会議の結果渡すということになるのですか」という裁判長の問に対し「左様であります」(九六丁)と述べているように、委員会の会議によつて文書の処分が決定されたと見るべきで、その結果証人等の前記「床の間の上に積んで置いたものを………持つて行きました」という具体的処分の段階に移つたものと解しなければならぬ。このように「日農」の組織面と「北蒲原郡連合会」内における「選挙対策委員」と書記(被告人)との関係とを併わせ考えるとき、被告人から各証人に対して文書の「頒布」が為されるようなことは全くあり得ない事実なのである。したがつて被告人から各証人に、文書の「頒布」が為されたとする原判決の事実認定は全く真実に反するものといわねばならない。

そして右に述べた「相談」ないし「報告に前後してもし仮りに、被告人からこれらの文書が委員等に「手渡」されたということがあつたとしても、それは法律上「頒布」の構成要件に該当するとはいえない。何となればそれに先立つて文書は既に委員等の管理ないし、支配下に移つていることは、前に述べたところから既に明白な事実だからである。

第二次に第一のような見解が成立ち得ないとしても、原判決は事実を誤認している。すなわち原判決のように証人等の公判廷における供述を排斥して、検察官ないし司法警察員作成の各供述調書に依存することにしても「頒布」の事実を認定できるかどうか疑わしい。

岩村兼治は供述調書において「石井幸夫から組合員に配つてくれと云はれて………を受取り」(記録七七丁裏)と述べ、同樺沢孝之管は同様「組合員に配つて呉れと言はれて持つて帰り」(記録八十三丁)と述べ、同阿部昌作は「このビラは日農の組合員だけに配付するのだから違反にはならないから持つて帰つて組合員に配付して下さい」(記録一一七丁)と述べているのであつて、他方被告人も同様「組合員に分けてやつてくれ」と言つて分配しました」と述べている。

ところがこのような供述記載を考察するとき、これらの記載からは精々被告人がこれらの証人に対し、「日農」の組合員に対する「頒布」を「教峻」し或いは「共謀」した事実を推量するか、又は「選挙対策委員」の文書頒布行為に対する書記としての幇助事実を認定し得るにすぎない。のみならずそれが果して現実に組合員の手に「頒布」されたかどうかは原判決が認定しているところではない。

右のような次第であるから第一、第二何れの見解に立つとしても、原判決には重大な事実の誤認があり、しかも判決に影響を及ぼすことは明らかであるといわねばならない。

(その他の控訴趣意は省略する)。

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